田麦俣観光協会

田麦俣地域は、室町・江戸時代になると湯殿山信仰の拡大と共に宿場として大変に栄えました。各地から集まった参拝者が夜ともなると路上に出て、一杯きげんでお国自慢の歌や踊りを披露し、お祭のようでした。明治維新における神仏分離令により、田麦俣の宿場もさびれ、明治中期に養蚕が導入され、家屋も「多層民家」という独特の形の家が建てられるようになりました。

多層民家

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兜屋根が美しい「多層民家」は内部が四層に作られていて、土地が狭いことと積雪が多いことから、多層の形になったと推定されます。

 
 

七ッ滝(日本の滝100選地)

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ブナ林に囲まれた落差90mの滝は見ごたえがあります。一条の滝が上部で三条に分かれ、落ち口で一つになり、さらに下の滝壺へと落ちている。

 
 

六十里越街道の入口

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蟻腰坂と七ッ滝の2箇所があります。

 
 
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