溪谷の奥深く、不思議な姿をしたものが岩肌をあらわにしています。その頂から泉のように湯を沸き出すのを初めて見た人は足を止めるに違いないでしょう。湯煙とともに滔々と噴き出されたお湯は、やがて滝となり流れとなって平野をうねり日本海に至ります。長い歴史の中で、この平野で生きる動植物を育んできた『命の泉』。そうと知った人々は、その岩を「湯殿のご神体」と呼んで崇めるようになりました。

 自然神を崇拝していた時代には祖霊集う山として、大和民族が北を目指してきた時代には神道の神として、空海が広めた真言宗は大日如来として、霊山としての長い歴史を刻んできたのです。

 時代の流れとともに信仰の形は変わってきましたが、人々の思いはいつも同じです。『五穀豊穣』『子孫繁栄』を願う思いはこの地方独特である“甦り”の思想を生み出しました。今生きている人は過去の祖霊を敬い、未来の子孫に願いを込め、今もその願いを抱きながら湯殿を目指す列が路を踏みしめています。千年の時を経てでき上がった“ゆどのみち”を人々は「六十里越街道」とよんできたのです。

 
COPYRIGHT © 2008 DEWA OF SOCIETY OF COMMERCE AND INDUSTRY.