「未年御縁年オリジナル手ぬぐい」のプレゼントは、おかげさまで予定数に達し終了いたしました。
なお「つるおか御縁集印録」も、残り僅かとなっておりますので、お早めに、配布場所にてお受け取りください。
 

つるおか湯殿山系即身仏集印めぐり

即身仏安置寺院
 
湯殿山

日本国内には、およそ十数体の即身仏が現存すると言われていますが、そのうち4体が鶴岡市の4つの寺院に安置され、今も信仰を集めています。その即身仏は、いずれも湯殿山で修業された方々。

湯殿山系の即身仏は、我が身を仏に捧げ、多くの人をこの世の苦しみから救おうと、強い意志によって湯殿山信仰の聖地「仙人沢」で修行を積み重ね、自ら仏になられた湯殿山行者のお姿なのです。

行者

平成27年は、湯殿山系即身仏の安置寺院である「湯殿山総本寺 瀧水寺大日坊」「湯殿山 注連寺」が、未歳御縁年を迎え、御本尊御開帳をはじめ、様々な祭典が行われています。

この未歳御縁年を記念し、 初めての取り組みとして、湯殿山信仰の極みである即身仏を安置する4寺院を訪ね歩く「つるおか湯殿山系即身仏集印めぐり」を行います。

あなたも、未来に祈りをささげた即身仏を訪ねてみませんか。

4寺院すべて集印した方、先着400名様に“未歳御縁年オリジナル手ぬぐい”をプレゼントいたします。

 

4寺院と即身仏のご紹介

本明寺
 
不動山 本明寺(写真は即身仏堂)
鶴岡市東岩本字内野388(山形道 庄内あさひICより車5分)
電話/0235-53-2269
※拝観には予約が必要です。事前に必ず電話でご連絡下さい。
 
本明海宗和上人(ほんみょうかいしょうわしょうにん)
1623年(江戸初期)武士の家に生まれた上人は、藩主酒井忠義公の病の前回祈願のために湯殿山に詣でたことをきっかけに出家します。51歳のとき即身仏になるべく御堂を建立し、十年の荒行の後に61歳で入定。現在庄内地方に残っている即身仏の中で、最も古く損傷の少ないお姿です。それは上人の徹底した木食行のたまものだといわれています。即身仏堂の隣には、入定塚(にゅうじょうづか)も残されており、石碑が建立されています。
大日坊
 
湯殿山総本寺 瀧水寺 大日坊
鶴岡市大網字入道11 (山形道 庄内あさひICより車15分)
電話/0235-54-6301
http://www.dainichibou.or.jp/
 
代受苦菩薩 真如海上人(だいじゅくぼさつ しんにょかいしょうにん)
1687年(江戸中期)旧朝日村越中山の進藤家に生まれ、元来信心深く20歳で出家します。仙人沢にこもり難行苦行を積み重ねて、東北・新潟一円を托鉢して難民を救い、眼病に苦しむ人々を哀れんで自らの左目を湯殿山大権現に捧げて祈願されました。天明3年に浅間山が大爆発し、飢饉に苦しむ民衆を救おうと、96歳で大日坊境内地に入定されました。
 
注連寺
 
湯殿山 注連寺
鶴岡市大網字中台92-1(山形道 庄内あさひICより車15分)
電話/0235-54-6536
http://www2.plala.or.jp/sansuirijuku/
 
恵眼院 鉄門海上人(えがんいん てつもんかいしょうにん)
1759年(江戸中期)旧大宝寺村の砂田家に生まれた上人は、25歳の時に出家し加茂坂の隧道工事を行い、また、江戸では眼病に悩む人々を救おうと自らの左目を隅田川の龍神に捧げ祈願したことから、恵眼院と称されました。庄内地方には百基を超える上人の石碑が建立されています。1829年、71歳で苦行の後に即身仏となられました。
南岳寺
 
修行山 南岳寺
鶴岡市砂田町3-6(山形道 鶴岡ICより車5分)
電話/0235-23-5054
http://www7.plala.or.jp/nangakuji/
 
鉄竜海上人(てつりゅうかいしょうにん)
1820年(江戸後期)秋田県旧仙北町の進藤家に生まれた上人は、南岳寺の住職天竜海に弟子入りし、当寺・注連寺で修業に励み岩手県連正寺の住職となりました。火災にあった連正寺を再建後、南岳寺で住職となり、鉄門海が通した加茂隧道を火薬を用いて改修工事を行いました。1862年、木食行等の修行に耐え、62歳で入定されました。
 

「つるおか御縁集印録」配布場所

地図  
「つるおか湯殿山系即身仏集印めぐり」のお問い合わせ
あさひむら観光協会(道の駅「月山」月山あさひ博物村内)
電話 0235-53-3411 FAX 0235-53-2400
 
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